みやざわ社会福祉士・行政書士事務所

                                  

うさぎ島に行ってきた。その3

宮澤です。
帯広コア専門学校介護福祉科1年生のみんな、見てるぅ?(笑)

今回も、大久野島(通称「うさぎ島」)の旅行記です。


いま流行りの、あご乗せ。

「うさぎ島」というと平和な常春の国(パタリロか、笑)をイメージするのですが、昭和4年から終戦直前まで、日本陸軍が国際条約で禁止されていた毒ガスを製造していたという黒歴史があります。

まず日清戦争が始まった頃、島に22門の大砲が置かれ、要塞となりました。
更に昭和に入ってから、陸軍が島を接収して住民を追い出して、密かに毒ガスの製造を始めたのです。
軍事的に秘密性が高いため、地図から消された島、とも言われます。
詳細を知らされずに毒ガス製造に従事した一般人(多くは竹原市民及び周辺住民)は、呼吸器障害が発症したり、発症しなくても将来ガンなどになるのでは、との恐怖に苦しむこととなりました。

島内に毒ガス資料館があって見学しましたが(写真撮影は禁止)、見るからに粗末な製造装置や防護服で毒ガスが作られて、多くの人が犠牲になったのかと思うと、戦争は人権意識を狂わせるもの、福祉とは対極にあるものだと改めて感じました。

そんな戦争遺跡を見て学ぶために、多くの中高生が授業の一環で島を訪れるそうです。
僕が行った時にも、たぶん中学生60人ほどと先生たちが、一緒に船に乗りました。
島に到着してうさぎに心奪われるのは、仕方ないね(笑)。

島内には、毒ガスの貯蔵庫や砲台跡が残されています。
その周りにも、うさぎが暮らしています。


展望台に上がる道にも。


展望台を下りると昼過ぎだったので、島内にひとつだけある宿泊施設「休暇村大久野島」の、うさんちゅカフェで昼食にしました。
兎人と書いて、うさんちゅ。
うさぎ好きな人、といった意味でしょうか。
メニューに特筆すべき物はないので省略しますが、バニラ風味のオリジナルブレンド「うさんちゅコーヒー」は、好き嫌いが分かれそうな味でした。

30分ほどで食べ終わり、また外に出ました。
午後からは休暇村を起点に、島内を歩いて一周します。

島をほぼ一周できる遊歩道は、3キロちょっと。
アスファルトできれいに整備されているので、歩いて回っても1時間かかりません。
目の前のうさぎを無視すれば(笑)。

行く先々でうさぎが待ち構えているので、なかなか前に進めないのです。
困った、困ったよー(うれしい悲鳴)。




写真を撮るのに張り切り過ぎて、スマホの充電が切れそうになったので、16時過ぎに休暇村へチェックインして、充電しながら夕食まで部屋で一息つきました。
泊まったのは8畳の和室。
おじさん一人には広かった(笑)。
部屋は普通の公共の宿って感じですが、トイレの壁紙はうさぎでした。

19時過ぎの日の入りの写真を撮りたかったので、17時半の夕食提供開始と同時にレストランに入りました。
食事はバイキング方式で、瀬戸内名産のタコ料理などもありましたが、写真に撮ろうとは思いません。
どこまでも、うさぎファースト(笑)。

絶景の夕暮れ(と、当然うさぎたち)の様子は、また次回に。
・・これ、いつまで続くんだ?